誰がレバーを握っていたのか──しょこたんのSwitch2炎上騒動に見る“名前のないトロッコ問題”

芸能人の炎上って、だいたいは消費されて終わる。
でも、ときどき「これ、案外深いな」と思う案件がある。
今回のしょこたん中川翔子さん)のSwitch2騒動も、そのひとつだ。

内容はシンプルだ。
しょこたんが新型Switch2を開封する動画を公開した。
しかし、その本体がどうも「転売から買ったものではないか」と話題になり、炎上した。
普段から「転売ヤーからは買わない」スタンスを明言していたしょこたんだからこそ、反発を受けた。

ただ、ここで注目したいのは、「買ったのは誰なのか」が実は不明なこと。
しょこたん本人が買ったのか?
スタッフが用意したのか?
そして、そのスタッフが誰なのか、しょこたん自身も知らなかったとしたら?

これは、ある種のロッコ問題に似ている。


ロッコ問題とは、哲学の世界では有名な思考実験だ。
暴走するトロッコがこのまま進めば5人を轢いてしまう。
だがレバーを引けば1人を轢くことになる。
あなたはレバーを引くべきか──という、シンプルかつ残酷な問い。

この問題のポイントは、「選択しなかったこと」もまた“選択”だということ。
何もしなかった結果、5人が死ぬ。
それは“引かなかったこと”に責任がある。


では、しょこたんのSwitch2騒動を見てみよう。

仮に、Switch2はスタッフの誰かが善意で用意したものだったとする。
しかし、どのスタッフが用意したかは明示されず、本人も明確に把握していなかった。
撮影は進み、編集が終わり、動画が公開される。
視聴者からの指摘で転売品疑惑が浮上し、炎上する──。

ここで問われるのは、「誰がレバーを引いたのか?」ということだ。

Switch2を用意したのは誰か?
止めようと思った人はいなかったのか?
しょこたん本人は、途中で「これって転売品では?」と感じたかもしれない。
でも、そのまま撮影が進んだ。
和を乱すのが怖かったのかもしれない。
確認するタイミングを逃したのかもしれない。


重要なのは、「意図的に誰かがトロッコを暴走させた」わけではないことだ。
むしろ、誰もレバーに手を伸ばさなかったからこそ、トロッコは走り出した。
責任が曖昧で、判断が後回しになり、最終的には動画という形で公開された。
“善意の手配”が、“悪意なき不作為”に変わった瞬間。


この構図、実は私たちの身の回りにも溢れている。
誰かが「ちょっと変じゃない?」と気づいても、空気を壊すのが怖くて黙ってしまう。
「自分が言うまでもないよね」と思ってやり過ごす。
その結果、いつの間にかトロッコが走っている。


今回のこの炎上で、結局誰がレバーを握っていたのかはわからない。
だからこそ、逆に考える余地がある。
あなたがその場にいたら、レバーに手を伸ばせただろうか?
それとも、トロッコが通り過ぎるのを見送っていたかもしれない?


レバーを握っていたのは、本当に誰だったのか。
あるいは、最初から誰も握っていなかったのかもしれない。